ルイ・ヴィトン ピアスの買取を致しました。
LVの形状で通常のモノグラムとはまた違った趣があります。
ピアスとは今では人気なアクセサリーの1つですが、そもそも始まりはいつ頃なのでしょうか?
今回はピアスというジャンルに絞った特集になっています。
儀式的側面の道具
ピアスの起源はインドやエジプトの古代文明時代にまでさかのぼります。
登場時期に多少の前後はあれど、同じアイテムを違う地域で思いついたという事実は興味深いですね。
当時ではファッション用アクセサリーではなく、魔除けやお守りという意味合いの方が強いアイテムでした。
今より遥か昔、紀元前の時代は病気は非常に恐れられていました。
その上、科学技術という考えも無かった時代のため、病気は悪い神様や悪魔の仕業と考えられていました。
このような背景もある中でピアスなどの装飾品は病魔を寄せ付けないお守りとして重宝されたのです。
中でも金は光り輝くことから光を恐れる悪魔を退けるとも考えられ、金がよく用いられました。
起源は主にインドやエジプトと言われていますが、その後にピアスは各地に伝播していきました
そして西暦が始まってからはローマ帝国が3世紀ごろにエジプトから伝来してきたことでヨーロッパでのピアス文化が始まったと言われています。
ローマ帝国内では主に男性がピアスを付け、自らの権威を示す装飾品としての役割を持っていました。
一方、中国にもシルクロード経由で伝わりました。
この時、中国は秦王朝の時代で戦国時代でもありました。
この国では武将など自らの力をアピールするために用いられました。
また、西暦に入ってからはピアスのデザインも複雑化していく傾向があります。
紀元前のピアスによく見られるのはリング状のピアスですが、花の模様や自身の家紋といった複雑なものが登場するようになります。
これは生産技術の向上もありますが、それまでの呪術的要素よりも自らの身分を証明するファッションや社会的地位を分かりやすくする記号的な意味合いが強くなってきたこともあります。
そういった経緯からユーラシア大陸ではファッションアイテムへ役割が変わっていきました。
これにより、今のピアス文化があるのでしょう。
日本のピアス史
日本では古代よりピアスを着用する文化は定着していません。
縄文時代には耳飾りが何点か出土していたり古墳の中にある埴輪にピアスを付けている個体が発見されてはいるものの、その後に平安貴族や武士が身に付けていたとされる記録は残っていません。
とはいえ、ピアス普及のチャンスはあったのです。
それは仏教の伝来です。
経典や教えなど様々なものが流入してくる中、仏像も日本に入ってきました。
それらの仏像には耳朶環(じだかん)と呼ばれる耳たぶの穴がありました。
そこにリング型のピアスがつけられています。
ですが、701年に大宝律令が制定され、身分を衣服で示すべきという項目がありました。
この律令が定められたため、ピアスなどで身分を証明する必要がなくなったのです。
また、この時期には中国起源の儒教も普及していました。
その中には「身体髪皮膚之を父母に受く。敢て毀傷せざるは、孝の始めなり。」という教えがありました。
これは「せっかく親から頂いたきれいな身体をわざわざ傷つけるような事をしないことが親孝行の始まり」という意味です。
皆さんも「親からもらった身体に穴を開けるなんて」とピアスに反対されたことはありませんか?
こういった考えの方がピアスより先に普及していったのです。
ここが日本のピアスを忌避する文化が始まりました。
その後は昭和の高度経済成長期になり、再び耳飾りの注目が集まり、ようやく日本でも使用されるようになります。
それでも、職場では着用禁止など未だ厳しいルールはあります。
仕事中などオフィスシーンでは使えないからこそオフの日やパーティーなどで使えるピアスで自分を表現してみましょう。
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「このピアス、もう使わないな・・・」
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